「無料で仕事する」ということ

私自身が、ファッション業界で仕事をする中で違和感を感じたことの一つが、「無料で仕事する」ことです。

たとえば、駆け出しのカメラマンが、「有名な芸能人を撮影してほしいんだけど、予算がなくて・・・」と持ちかけられ、無料同然(むしろ経費を含めると赤字)で撮影することは少なくありません。
駆け出しのカメラマンにとっては、有名人を撮影できるまたとない絶好のチャンスです。これをきっかけに自分の名前が売れたら、一流カメラマンの仲間入りを果たせるかもしれない・・・そんな思いから無理して仕事を引き受けてしまう気持ちは、経験上よくわかります。

「無料で仕事をする」ことの裏側には、定型的な構図があります。
それは、自分の名前や顔を売り出したい誰かと、その誰かの労力をあわよくば無料で使いたいと目論んでいる誰かが存在し、なぜかお互いの利害が一致している(ように見えている)構図です。
私自身も経験がありますが、売り出し中の時期は、とにかく自分の名前や顔を売ることにすべてをかける傾向があります。上記のカメラマンのように、自分にとって良いと思える仕事なら、無料でも、なんなら赤字でもぜひやりたい、と考える人は少なくないでしょう。

しかし、これは明らかに間違っています。
なぜなら、たった一人の誰かが無料で仕事をすることで、その誰かだけではなく、現在そして未来のファッション業界全体が損をすることになるからです。

誰かが無料で仕事をすることで、「こういう仕事は無料でできるんだ」という認識ができ、その認識が業界全体に広がっていきます。
「あの人が無料でできるんだから、この人も無料でできるよね」「無料でできる人がいるのに、あの人の価格は高すぎる」という、なんの根拠もない謎の価格引き下げムードが醸成され、業界全体の価格が次第に下がっていきます。
適正な価格でクオリティを保ちながら仕事をしていた人までも、無用な価格引き下げ交渉に巻き込まれ、場合によっては、価格を引き下げないと仕事を干されてしまうという恐怖におびえて、価格引き下げに応じざるを得なくなります。
こうして、低い価格設定が業界全体に定着していきます。
一度下がってしまった価格は、決して元に戻ることはありません。なぜなら、一度、低価格でその仕事が可能であることが証明された以上、その価格がその仕事に対する対価の上限値になってしまうからです。

さらに、低価格が定着すると、適正な価格の下で仕事の質を追求したいと考える優秀な人材は、別の新天地を求めて去っていきます。こうして業界全体の質自体も低下していくのです。

すなわち、誰かが無料で仕事をすることで、業界全体が低迷することになるのです。それはとりもなおさず、無料で仕事をしたその誰か自身はもちろん、同じ業界で働く別の誰かの首をも絞めることを意味します。

無料の仕事なんてあり得ません。無料なのは趣味や遊びだけです。
プロだからこそ、自分の労力には価値があり、必ず対価が発生することを認識すべきです。
プロだからこそ、自分が働いている業界の未来を貶める働き方は慎むべきです。

実は、このfashionlaw.tokyoでも、法律相談を無料にするかどうか非常に悩みました。
「無料で仕事をしてはいけない」とアドバイスしているのに、自分が無料で応じることは矛盾しているように感じたからです。
また、私自身への戒めも込めて言いますが、業界として、自分の労力に対しては対価を求めるのに、相手の労力に対しては無料で利用しようとする姿勢が少なくないことから、こうした風潮を払拭したいとの思いもありました。

しかし、あえて無料にしました。ファッション業界では、まだまだ過酷な環境の中、泣き寝入りせざるを得ない人がいることも身をもって知っています。また、法的な窓口を気軽に利用する素地がないのも認識しています。
そして、法的な悩みを抱えたときに、気軽に飛び込める場所をつくりたい、という私自身の初心を貫くことが自分にとっても一番シンプルだったからです。

もし無料で仕事をしようと考えている方がいたら、どうか仕事をする前に、「無料で仕事をすること」の影響に思いをめぐらせてみてください。

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